真綿のような軽やかさで

セクシュアルに関する活動をすると決めたときから、自分の身に起こったことをオープンにする覚悟はできていた。
しかし、娘にわたしの性被害を打ち明けるには、しばし時間がかかった。

なんせ「加害者」は○○ちゃん(娘のいとこ)のお父さんなのである。
娘は○○ちゃんのことは好きだし、そのお父さんも知っている。
やっぱり知ったらショックじゃないかな。
彼女の心情を慮ると、どうしても慎重になってしまう。

でも、よそからふいに聞いて傷つけられることだけは、どうしても避けたかった。
彼女には必ず私が伝える。
それだけは決めていた。

昨夜、わたしが読んでいる本に彼女が興味をもってのぞき込んできたのが、天使のささやきだったように思う。
実父から性虐待を受けた女性の書だったのだが、そのあらすじを話すついでに、わたしもなんだよ、と言葉が出ていた。

口からするする紡がれた違和感のない言葉。
サラリと受け止める娘の表情。
それを見てほっと安堵するわたしの肩。
まるで、真綿のように軽やかなエネルギーであった。

そうして、傷口から流れる痛みのエネルギーをそこまで軽いものにしてしまっていた自分を心から愛しいと思った。

あなたは、誰からも嫌な扱いをされてはならないし、
あなたも、相手を大事に扱わなければならないんだよ。

それは、娘に向けてであり、いまの娘くらいのころに大きな傷を受けたわたし自身にも向けての愛の言葉であった。

翌日、「弁当の日」ということで、娘は家族全員のお弁当を作って学校へ行った。
お昼、庭で食べたお弁当は、娘の味で、昨夜の愛のお返しのように感じられた。
久しぶりに涙が出た。

今日も美しい秋の日だった。

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