旅がはかりとなる

春休みの家族旅行。
行き先は雪国。
22年ぶりくらいにスキーを楽しんだ。

大学以来でかなり久しぶりだったし、年もとったし、どれだけ滑れるのか、、、と思っていたけれど、自転車と同じで一度身につけた感覚を身体が忘れることはないらしい。
はじめは、ゆっくりゆっくり滑っていたけれど、午後はリフトに繰り返し乗り、翌日はやすみもろくに取らずにハイペースで一日楽しんだ。
娘いわく、リフト乗車中が休憩時間とな。

大自然のなか、シーズン終わりでひともまばら、雪解けが進んでいても雪はふかふかで、初級スキーヤーのわたし(と家族)には氣持ちよすぎるゲレンデだった。
多彩なコースがあって、中級コースも挑んだけれど、不思議なほどに恐怖心はなかった。
かなりの斜面だったけど、ゆっくり降りればいい、と思っただけだ。
そして、就寝のときに靈氣をしていたおかげで、筋肉痛もさほどこたえずにすんだ。

この数年、旅がどんどん身軽になる。
おそらく、一番重たい荷物は、不安や恐怖心なのだろう。

体調崩したらどうしよう。
うまく到着できなかったらどうしよう。
何かあったら困るからこれも持って行こう。

心の負担に比例して、実際の荷物も重たく増える。
楽しむよりも、無事にミッションを終えるほうに氣持ちを持っていかれる。
楽しいけれど、くたびれていた。

いまは、荷物はギリギリ最小限、3泊4日の家族旅行くらいだとボストンバックひとつで行ける。
身体も心も軽いし、準備も片付けも楽チンだ。

日常生活で心身の荷物を下ろしていっているから、旅でもそうできるのだろう。
そして、旅で心身の軽さを確認して、また日常生活で安心するのだろう。
日常生活と旅はつながっている、と思う。

そう言えば、まだ娘が生まれる前も夫と二人でよく旅をしていた。
ある冬のパリの空港で、バルセロナに飛ぶフライトが、雪でかなり遅延してしまった。
フランス語の早口のアナウンスはよく理解できず、状況もよくわからないまま半日空港で過ごした。

なぜか心配はなく、同じ便に乗るらしい乗客数人の動きをチェックしつつ、アテレコして遊んだり、カフェでお茶したりしてぶらぶら待っていた。
そうして呑気に過ごしていたら、乗客のひとりであるお兄さんに声を掛けられ、フライトの準備ができたらしいと教えてもらい、無事にスペインに飛ぶことができた。

あの時間、楽しかったなぁと思う。
夫と2人だけだったし、予定のない旅だったから氣楽で贅沢な時間を過ごせた。
空白やゆとりが多いと、不安や恐怖も少なくなるのかもしれない。
そしてそのぶん、楽しいが増えるのかもしれない。

ふむふむ。
これから、
もっともっと不要な荷物を手放して、人生という旅を楽しくしたいなぁとしみじみ思う。

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