エネルギーをまとう

手持ちの洋服がすっかりサイズアウトしてしまった娘の冬服を買いに、娘とお出かけ。スカートもトップスも地味な色合いばかりを手に取る。カートの彩りがあまりに味気なくなってきたので、思わず、明るいのもどう?とすすめてみると、目立つのはイヤ!と断固拒否される。お年頃ですかねぇ。色はね、エネルギーをくれるんだよ。たとえば赤を着ると元氣になれるよ。と、つぶやきながら顔をのぞき込むと、その言葉にちらりと反応をみせた。お!と思い、赤いニットを手に取って、ほら似合うよ、と身体に当てると、うん、と了承した。帰るとすぐに、娘は赤いニットを取り出して身にまとった。やっぱり。元氣がほしいのよね、少し心がしぼんでたのよね、よしよし。彼女らしいエネルギッシュで健やかなその赤を見て、わたしもまた少し元氣をもらったのでした。

真綿のような軽やかさで

セクシュアルに関する活動をすると決めたときから、自分の身に起こったことをオープンにする覚悟はできていた。しかし、娘にわたしの性被害を打ち明けるには、しばし時間がかかった。なんせ「加害者」は○○ちゃん(娘のいとこ)のお父さんなのである。娘は○○ちゃんのことは好きだし、そのお父さんも知っている。やっぱり知ったらショックじゃないかな。彼女の心情を慮ると、どうしても慎重になってしまう。でも、よそからふいに聞いて傷つけられることだけは、どうしても避けたかった。彼女には必ず私が伝える。それだけは決めていた。昨夜、わたしが読んでいる本に彼女が興味をもってのぞき込んできたのが、天使のささやきだったように思う。実父から性虐待を受けた女性の書だったのだが、そのあらすじを話すついでに、わたしもなんだよ、と言葉が出ていた。口からするする紡がれた違和感のない言葉。サラリと受け止める娘の表情。それを見てほっと安堵するわたしの肩。まるで、真綿のように軽やかなエネルギーであった。そうして、傷口から流れる痛みのエネルギーをそこまで軽いものにしてしまっていた自分を心から愛しいと思った。あなたは、誰からも嫌な扱いをされてはならないし、あなたも、相手を大事に扱わなければならないんだよ。それは、娘に向けてであり、いまの娘くらいのころに大きな傷を受けたわたし自身にも向けての愛の言葉であった。翌日、「弁当の日」ということで、娘...

特別な普通になる

うつ病で苦しんでいたとき、精神科医から「普通に生きるのが一番幸せなんですよ」と言われたことがある。そのときは、まだ若かったし、もがいていたから、はぁ、、、という感じでピンとこなかったけれど、歳を重ねたいまは、うんうんと頷ける。「普通」という何氣ない言葉に、きちんと意味合いをつけ、響きを感じ取ることができるようになったから、かもしれない。普通、という一見つまらなく感じる言葉。そこに反応できるようになったことが、いままでの学びの成果なのかな、とも思う。ずっと昔は、学びのあと、こんなことも知った、こんなひととも知り合った、そんなわたしって凄いわ!なんてちょっと傲慢になることもあった。それくらい、何かを学ぶということ自体が面白かったし、ある意味、自信にもつながっていた。そして、そう感じることが必要だったのだとも思う。だけど、それだけだとそこで成長は止まってしまうから、次はもっと地味で繊細な学びが待っていた。どちらかというと、新たな知識というより既存のものを問い直す、または微細に感じる、という根気強い学びの数々。たとえば、ありがとう、の言葉とか、いただきます、と手を合わせるときのエネルギーとか。普通の生活のなかに何を感じ見出していくか、みたいな世界。たとえば、マントラという神さまの言葉を学んでいたら、娘と話すときの自分の言葉や声の響きを感じていくようになっていったのだ。神さまと日常を、聖と醜...

美しい欲と醜い欲

この夏は、わたしのなかの「性」「性欲」と向き合ってきた。性とは、オープンさと秘めやかさを同時に内包するものだ。美しくもあり醜くもある。あまりひとに知られたくない面も往々にしてあるものだから、わたしは家族以外あまりひととも会わずに、いつになくこもりがちなサマーバケーションを過ごした。夏を通して見つめ続けたものだから、さすがにまただいぶ明らかになったものがある。光を当て、解放され、肩の荷もおろした。そうして、セクシュアルなものはつくづく、扱いが厄介だなぁとひと息ついた。というか、欲そのものの取り扱いが厄介なのかもしれない、と思う。ひとが、何かをしたい、何かが欲しい、という欲があるとき、その欲が誇らしかったり、あるいた恥ずかしかったりするのは面白い。欲そのものは純粋であり、何かを傷つけたり、隠したり、披露したりする必要はないはずなのに。ただピュアなだけ。美しいも醜いもない。たとえば、小さな子がいるお母さんがたまにはひとりでカフェでゆっくりしたいと思うことに罪悪感を感じたり、環境運動や社会への貢献的なキャンペーンをすることを誇らしげに披露したり、ビーガンの仲間のなかでお肉が好きな自分を恥じたり、わりとあるある、な光景だと思う。純粋な欲は恥じる必要などない。ただ、世間体を氣にしたり、見栄だったり、偏見だったり、余計な欲(承認欲求とか)がプラスされていたり、そんな余分なものがくっついていると、...

スマホで学ぶ自由と自律、交渉と対話

娘のスマホは高校生になってから、ということにしていた我が家。が、のめり込みやすい娘には、少しスマホやネットの怖さも学んでほしかったので、彼女の誕生日に、機種変したわたしのお古スマホを渡すことにした。スマホ使いのルールは娘が作り、わたしの同意を得て決定する。それに不都合が出てきたら、その都度、互いに交渉してルールは変更していくこと。それが条件。だから、最初のころは、娘がルールを守れなくなったりコソコソするようになったりして度々ケンカした。わたしは容赦なくスマホを1週間没収することもした。だってスマホやネットやゲームは麻薬と一緒。簡単に中毒になるし、やめられなくなるのは当たり前。わたしは、娘にそれくらいスマホやネットは「怖い」ものなんだよ、自分で律していくのはすごく難しい代物なんだよ、ということを知って欲しかった。親の守りの眼差しのなかで、安心した状況下で。そして、「わたしとスマホ」つまりスマホとの付き合い方をよく知るには、とにかく失敗してみるしかない。だから、わたしは最初からトラブルやケンカを覚悟して渡したし、彼女のルール遵守には厳しく対応した。だけどその一方で、ルール変更の話し合いは喜んで向き合った。このルールではうまくいかない、と氣づくことも、新しい案を考えることも、相手を納得させるために話し合いをすることもすごく大事な力になると思ったからだ。そうして、幾つもの失敗も話し合いも経...

靈氣のお知らせ 8月、9月

エアコンのない古民家ですので、「おやつや」は8月まるっとおやすみいたします。9月の予定は、9月2日 後期セミナー9月14日 靈氣練習会です。靈氣練習会はすでに満席になっており、もう一日練習会の日を設けようかな、と日程調整しているところです。後期セミナーはまだお席に余裕があります。前期セミナーともにセミナーご希望のかたはご連絡くださいませ。ご連絡をいただいてから日程調整いたします。夏は、冷たい食べ物やエアコンで胃腸が冷えたり弱ったりしがちです。汗を十分にかかないと、秋冬の体調不良にもつながりますから、お腹に靈氣をしたりゆっくり湯船につかったりなどしながらしっかり血液を身体中に巡らせていきましょう。それが、夏を元氣に乗り切る秘訣にもなりますよ。どうぞ、素敵な夏をお過ごしくださいませ。

待つということ

1992年に起きたマクドナルドコーヒー事件をご存知ですか?ドライブスルーで買ったコーヒーでやけどした男性がマクドナルド相手に訴訟を起こしたもので、わりと有名かと思います。わたしはそのとき、中学生で、この裁判に衝撃を受け、ものすごく腑に落ちない氣持ちを抱いたのを覚えています。なんせ、やけどを負ったとはいえ約3億円近くの損害賠償金額が叩き出されたから。なんか不条理!そのときは、いまみたいにネットもなく、詳しく聞けるひともなく、モヤモヤしていたものの、やがて忘れていきました。時がたち、、、先日、夫が読んでいる法律の本が何となく面白そうで借りて読んでみたら、なんとそのマクドナルドコーヒー事件の法律判断その他の背景が詳しく記されていました。ビックリしてよく読んでみて、ようやくいろいろなことに納得したのでした。なるほど、なるほど。しかし、まさか、ここで「つながる」とは。数十年を経てもらった答え。そして、中学生だった私に、面と向かって再会したわたし。つながり、の仕方の思わぬ深さに感動したのです。すぐに答えがもらえなかった、その意図と配慮の深み。自分の思惑を越えた、「答え」の意味の大きさ。待つ、しかなかったんだな、と思います。そうして、待つ、ということの意味さえ教えていただいたのだと思います。また、同時に信じるという意味の大きさも知らされました。もっと下がりない、とずっと言われ続けていましたが、前...

女だから、オンナになる。

女らしさ、って何でしょう。わたしは、ずっと、二度と被害に遭わないように、とどこか怯えながら生きてきた。そういう無意識の働きが、自分のオンナとしての色艶を隠そうとしていたのだと思う。目立たないように。黒一色のパンツスタイルは定番。だから結婚したら、ホッとした。もうフェロモンは要らないや、と。そして、子どもが産まれれば、髪振り乱しての子育てに入るので、「母」と相容れない色艶からはますます遠のいた。そして、そこに安住していたように思う。いつでもスッピン、ナチュラルな暮らし、スタイルを氣にしないふんわりしたオーガニックコットンの服。すごくラクな世界。どこか中性的でさえあったような氣がする。いまも、このスタイルは好きだ。だけど、わたしの傷付いたオンナを取り戻すには、このままでは足らないらしい、と氣がつくようになっていた。美しくなろう。艶やかになろう。もっとオンナになろう。わたしの中で反響する、どこか悲痛なこの声。無視するわけにはいかない。そうだね、そうなろうか。覚悟を決めた。そうして、覚悟を決めると、神さまは機会を与えてくださる。女性をより魅力的にする華やかな服。落とさなくてもいいくらいの栄養豊富な化粧品。頭皮への負担を最小限にするヘアサロン。そして、踊り。ひょんなことからベリーダンスを習いはじめた。お腹と腰をしっかり使い、しなやかに手指を動かす。うわ、ちょっとセクシーで女性らしい美しさ!ベ...

靈氣のお知らせ

このたび、直伝靈氣師範を拝受いたしました。ここまでくるには、本当にいろいろなことがあり、楽な道では勿論なく、諦めそうになったり苦しかったり悲しかったりしたこともたくさんあります。そして、皆さんからのサポートなしには、とてもなし得なかったこと。関わってくださったおひとりおひとりを思い出しながら、しみじみ感謝の氣持ちでおります。本当に本当にありがとうございました。これからこちらでも靈氣に関するお知らせをしていこうと思います。*靈氣練習会毎月一回ひらいている靈氣練習会です。修了生のかたがお互いに当て合い、靈氣の学びを深めたり、楽しく交流したりする場です。月一のリフレッシュにいらっしゃるかたもいますよ。日にち 6月17日(木曜)時間 10時半〜場所 「おやつや」にて参加費 修了生 500円    直伝靈氣はじめてさん 無料おやつとお茶つきです。今回は、感謝の氣持ちを込めておやつビュッフェでおもてなしいたします。*靈授会と復習会のお知らせこれから季節ごとに靈授会と復習会をひらいていきたいと思います。いま予定しているのは、3月、6月、9月、12月の年4回。季節の変わり目で身体も疲れがちなこの時期に靈授でスッキリ流し、セミナーから日が経つと忘れてしまったり我流になってしまいがちなことをおさらいいたしましょう。第1回目のテーマは、「病腺と血液交換法」です。日にち 6月29日(火曜日)時間 10時半...

抗生物質とお漬物、そして腸

昨年の夏のはじめ、歯の治療で抗生物質を服用した。一日一回、三日間。一応、それだけ。さすがお薬。見事に歯茎の腫れはひき、順調に治療はおわった。抗生物質はあまり飲みたくなかったのもあって、とりあえず腸への靈氣を治療前から続けていた。しかし、日常生活のヒマヒマに手を当てるだけでは、回復に十分ではなかったらしい。間もなく、額を中心に湿疹がお出ましになった。やはり腸がだいぶダメージを受けたか、、、腸内細菌の専門家に言わせると、抗生物質一回の服用で、腸内細菌は一気に死滅するらしい。たぶん、わたしも相当お亡くなりになったのだろう。便の状態もかなり悪化し、ガスも匂う。というわけで、腸回復に向けてさまざまな手当てが始まった。寝るときの靈氣に加えて、まず甘いものと小麦粉を減らしてみた。しかし、おやつやさんをしている以上、ゼロにはできない。ドロップアウト。次に食全体を減らしてみた。胃腸がもともと弱く、一回に食べられる量がそもそも限られているから、あまり減らすと体力も落ちた。ドロップアウト。湿疹も便の不調も、秋が深まってもなお治らない。仕方がない。長期的な作戦を立てよう。まずは腸の乳酸菌を育て直す。たくあんを漬け、白菜漬けを仕込み、糠漬けもたっぷり用意する。そして腸を整え、排出を促すために、塩をミネラル分豊富なものに変え、八丁味噌の量を今まで以上に増やした。毎日、コツコツ取り入れる。毎日、美味しく楽しむ。...

呼吸と生きる

毎朝、加藤メソッドの呼吸法をするのが日課だ。加藤メソッドとは、加藤俊明先生の呼吸法で、「丹田で吐くのみ」の呼吸法だ。はじめはちょっとコツがいるけれど、とても深いのにとてもシンプルで身体も心も楽になる。数年前の夏の終わり、加藤先生のレッスンに参加したのがはじまりである。丹田に意識がいき、心身に軸ができていくのが面白い。毎日やっていたら、数日後、その威力を実感する出来事があった。夫が出張先で地震にあい、帰れなくなってしまったのだ。停電、断水、空港もストップした。ホテルを探さなくちゃいけない。現金がなくなったら食料も買えない。携帯の充電が切れたら連絡もできない。帰る手段を考えなくちゃいけない。夫ができることは限られている。夫を無事に我が家へ帰す。わたしのミッションはそれだけだ。様々なことが頭を巡り、様々な可能性を探し続け、様々な機関とコツコツ連絡を取っていった。その数日間、一日中、加藤メソッドの呼吸法をしていた。常に意識は丹田にあり、頭はクリアで、氣持ちは落ち着いていた。不安は少なからずあったけれど、それよりもやるべきことを淡々と行い続ける、辛抱強さと根気と自信と信頼があった。そのおかげで、神がかり的な、すんでの可能性を幾つもくぐり抜けて、夫は無事に帰ってきた。何もかもが嬉しくて、ちょっと遅い晩餐だっけれど、その日はワインをあけて祝ったのを覚えている。それから、何となく続けている。エネル...

旅がはかりとなる

春休みの家族旅行。行き先は雪国。22年ぶりくらいにスキーを楽しんだ。大学以来でかなり久しぶりだったし、年もとったし、どれだけ滑れるのか、、、と思っていたけれど、自転車と同じで一度身につけた感覚を身体が忘れることはないらしい。はじめは、ゆっくりゆっくり滑っていたけれど、午後はリフトに繰り返し乗り、翌日はやすみもろくに取らずにハイペースで一日楽しんだ。娘いわく、リフト乗車中が休憩時間とな。大自然のなか、シーズン終わりでひともまばら、雪解けが進んでいても雪はふかふかで、初級スキーヤーのわたし(と家族)には氣持ちよすぎるゲレンデだった。多彩なコースがあって、中級コースも挑んだけれど、不思議なほどに恐怖心はなかった。かなりの斜面だったけど、ゆっくり降りればいい、と思っただけだ。そして、就寝のときに靈氣をしていたおかげで、筋肉痛もさほどこたえずにすんだ。この数年、旅がどんどん身軽になる。おそらく、一番重たい荷物は、不安や恐怖心なのだろう。体調崩したらどうしよう。うまく到着できなかったらどうしよう。何かあったら困るからこれも持って行こう。心の負担に比例して、実際の荷物も重たく増える。楽しむよりも、無事にミッションを終えるほうに氣持ちを持っていかれる。楽しいけれど、くたびれていた。いまは、荷物はギリギリ最小限、3泊4日の家族旅行くらいだとボストンバックひとつで行ける。身体も心も軽いし、準備も片付け...